現在インテルのPC向け製品は、デスクトップ用の”S”、ノート用の”P”、Eコアのみの”N”に大別されています(第12世代はADL-S, ADL-P, ADL-Nというコードネーム)。このうちノート用”P”には6P+8Eコアの大型ダイと2P+8Eコアの小型ダイがあり、さらに小型ダイには基盤も小型化した9W版パッケージがあります。
今から1年後のCore Ultra第2世代(第15世代)では、6P+8Eダイを使う高性能ノート用は”Arrow Lake-H”になり、小型省電力製品は設計が大きく異なるLunar Lake-Mが担当するという話が出ており、先日のIntel Innovation 2023で発表されたスライドもそのような内容になっています。Intelのメーカー向けキットで”LNL-M用“が出てきていて別ソケットであることは確実で、SiSoftwareベンチマークでリークしたとされるサンプルも”LNL-M”表記と、周辺情報もそれを支持しています。以上をまとめると、下図のような変化があるようです。
目次
Lunar Lake-M:スマホサイズからモバイルノートまで
Lunar Lakeに関して現在までに出されている情報・噂を総合して推測を行うと、下記のような特徴を持つと推測されます。
・シングル性能は高いがマルチ性能はそこそこ止まりの「ネットとオフィス」志向
・ダイやパッケージの小型化よる省電力化・低廉化
・15Wをメインに7~28Wにスイートスポットを置く
・デスクトップ用よりAI性能重視
・Thunderbolt等のみに絞った低い拡張性
全体的に今のM1~M3の無印に似たデザイン志向で、小型・安価なノートを主ターゲットとしつつ、6~10インチのタブレットまでをカバーする用途を狙った製品になるでしょう。
小型化だけでなく低廉化も重要で、15Wの末尾”U”の製品の置き換えでも、高性能志向ならばArrow Lake (6P+8E)を15W設定運用し、小型・低価格志向ならLunar Lake-Mの15W運用といった使い分けが生じるのではないかと思います。Lunar Lakeは15Wの末尾”U”の”i3~i5″の領域をカバーしつつ、同時にLakefieldや9Wの小型パッケージの後継や、Atom系のAlder Lake-Nのセグメントといった幅広い製品の後継機種という位置づけになると考えられます。
パッケージの違い
Lunar Lakeの最大の特徴はInnovation 2023のスライドにもある姿形で、CPUパッケージにメモリを同梱した(オンパッケージメモリ)製品になるようです。この形はMeteor Lakeでも試作されていたようで(参考、Meteor Lake-U9がこれになる可能性もあります)、Meteor Lake版の写真に写り込んだ指の大きさとの比較から、CPUとメモリを合わせても2.5cm×3.0 cm程度で、今までのノート用パッケージの半分程度のサイズに寸を詰めたことが分かります。
メモリはピン数が多く、DDR5のSO-DIMMでは262もの数になっています。ピンがあればその数だけ配線が複雑化し、マザーボードの設計難度・製造コスト・重量など様々な負担が増大します。そのためスマホ用CPUではパッケージ上の高密度基盤上にメモリを同梱し小型化・低廉化を狙うのが普通で、これに倣ったものでしょう。欠点としてメモリの選択の自由度がなくなりますが、この手の軽量製品は元からLPDDRを半田付けすることが多いですし、性能が必要ならArrow Lake-Hを選べばよいだけなので問題にはならないでしょう。
以前に似たコンセプトで開発されたLakefieldでは、CPUダイの上にDRAMを重ねて超小型化を行っていましたが、放熱の厳しさから低性能でした。今回はDRAMを横に並べ、CPUダイを直接ヒートシンクに接触させられるようになったことで、15W程度までなら問題なく対応できるでしょう。形がAppleのM1そっくりになっていますが、Lunar Lakeは公式資料のCPUIDはM1の発売に近い時期に開発開始と推察され、これに触発された可能性は大きそうです。
性能および電力性能比
Lunar Lakeは4P+4Eという話があります。SiSoftwareのリークは様々な情報が不正確であるもののL2キャッシュ量(4×2.5MB+4MB)や”Thread”欄の数値はそれを支持します。また、Intel 20AやSkymontに関する公開資料等を総合すると、Raptor Lake比で同クロック電力-50%、クロックあたり性能+15%前後と推定でき、これらの前提をもとに性能推定を行うと次のようになります:
・体感的な速さへの影響が大きいシングル性能は5.0 GHz前後でCinebench 2024で120~130点の範囲と、第12~13世代HXと同等以上、モバイルノート向けPやUの1.2~1.5倍程度になるでしょう。第12世代は15Wではクロックが十分上がらずシングル性能が下がってもっさり感があったのですが、Arrow/Lunarでは1コアなら最大クロックでも7~10Wで十分になる見込みで、モバイルデバイスでの体感速度はかなりの改善が期待できます。
・普通のノートPCの筐体に組み込んだ場合(28W動作を想定)、Cinebench 2024でマルチ性能600点台は期待でき、i5-1240P(実際には40W前後で走ることが多い)やM3と同程度でしょう。
・小型機やSurface型2in1に組み込んだ場合(厳密なTDP15Wを想定)、マルチ500点台は期待でき、スタンダードノートで使ったi5-1265U(28W動作)程度は少なくとも期待できるでしょう。
・10インチ未満のタブレットで9Wで動作させた場合でも、Apple A17 Pro(最大10W程度と言われる)を上回ると推定されます。厳格に6W程度まで絞っても、2023年最新のフラッグシップCPUのDimensity 9200やSnapdragon 8 Gen2と比べても同等以上と推定されます(1230Uなどが実際に7~14Wで運用された数字からの推定)。
総合的に見て、性能・電力効率は、少なくともM2、良ければM3と同等程度になると思われます。
GPU, AIコア
内蔵GPUは次世代のXe2-LPGが採用されると言われています。規模は消費電力に合わせてMeteor Lakeの半分の64 EUと言われており、アーキテクチャやプロセスの進歩を合わせても第11~13世代の最上位Xe-LP 96EUと同等、M3の半分程度と見積もっておくのが良いでしょう。
AIコアに関しては「Next Gen NPU」とだけ記載されています。ただこれはArrow Lakeと異なり更新されるという予告となっています。現在はカメラの画質向上、ノイズ低減、音声入力など、デスクトップよりモバイルのほうがAIが使用される機会が多く、実際AppleでもA17 Proが35 TOPSに対してM3は18 TOPSと、むしろスマホのほうが強化されています。
Lunar LakeのAIコアがArrow Lakeよりも強化されるのもその流れでしょう。
拡張性
パッケージが小さいと、マザーボードと接続する端子の数も少なくせざるを得なくなります。このためピン数の多い拡張バス(GPU増設用で96ピンのPCIe x8など)は省かれ、SSD用やThunderbolt5など限られたものにとどまるでしょう。高速な拡張バスは面積もさることながら電力消費も問題で、例えば同じM2 Ultraを搭載していてもPCIe拡張なしのMacstudioでは待機時10Wに対してPCIe山盛りのMac Proでは49Wも使っていますから、モバイル特化のLunar Lakeで縮小されるのもやむなしでしょう。
Arrow Lakeとの住み分け
この5年ほどIntelは電力性能比で他社に後れを取り、第12世代では2P+8Eが15WのU、4P+8Eに28WのPを新設、6P+8Eが45WのHと細かく分けギリギリまでバランスを追求して対抗していました。Arrow Lakeの代では電力性能比が大幅に改善し、6P+8Eの構成で15Wから65Wまで無理なくカバーできるでしょう(Meteor Lakeの代でもすでに”H”型番を20-65W前後の幅広い機種で採用する動きがあります)。
このため、Ultra第2世代はよりシンプルになり、タブレットや廉価ノートがLunar Lake、主力ノートは6P+8EでAllow Lake-H、据え置きノートは8P+16EでAllow Lake-HXという住み分けになるでしょう。他社も似たような傾向があり、AMDも16コアのHX型番を投入しましたし、AppleもM3世代でMaxのコアが増量され、A17 Pro~M3無印がLunar Lake、M3 ProがAllow Lake-H、M3 MaxはArrow Lake-HX にそれぞれ対応するような特性になっています。
住み分け基準としてもう一つ重要なのが低廉化です。この数年コア数が急激に増えましたが、まともな歩留まりを維持しようとすると、8コア中4コアを無効化するような極端な選別落ちは発生しなくなり、その結果”i3″相当のエントリー向けがなくなってしまいます。例えばAMDは”Ryzen 3″の空白が長く続いていますし、Intelでもノート向けのi3はレアです。
結局、エントリー向けには専用の設計を行わざるを得ないのが現状で、Appleは無印/Pro/Maxを作り分けていて選別落ちが”i3″的なものに回ることはありませんし、AMDも”Phoenix2″や“Kraken Point”等の半分サイズのノート用CPUを作り、それをデスクトップのエントリー向け(i3相当)にも充当するようです。IntelもCore i3-N305のブランディングはその意図があるでしょうし、Lunar Lakeはエントリー向けの廉価品を埋めることも役割の一つでしょう。単に小さくて性能が低いだけでなく、オンパッケージメモリ採用など、完成品のコストの低下などトータルでのコスト低下を目指しているように見えます。
Meteor / Arrowと異なる構造の謎
Lunar Lakeにまつわる情報はまだ断片的なものしか出てきていませんが、その一つ一つを見ていくと、Meteor LakeやArrow Lakeとも異なる方向性が垣間見えます。このセクションはほとんどが断片的な情報からの憶測で確度は低いですが、いずれにしてもMeteor/Arrowとは方向性が違うのは間違いないと思います。
コア数とL3キャッシュの謎:SiSoftwareデータベース掲載の情報は、正確性に留保が付くものの、4P+4Eの合計8コアであることを支持しています。しかし同時に、これはMeteor Lakeで搭載されたLP-EコアがLunar Lakeにないことも示唆します(LP-EコアはOSから認識されコア数カウントが増えます)。またL3キャッシュの表記が「2x 8MB」となっていますが、「2x」表記は複数チップレット特有でIntelでは非常に珍しいものです。L3が複数のチップレットに分かれているとすれば、LP-Eコアがなさそうであることも勘案すると、CPUタイルに4xPコア、SoCタイルに4つ1組の(LP-)Eコアがある、といったことも考えられます。
タイル数の謎:Innovation 2023の図では、Meteor/Arrowは4つのタイルになっているのに対し、Lunar Lakeは2つのタイルで構成されるように見えます。Lunar Lakeの特徴からIO拡張タイルは必要ないのは分かりますが、CPU・GPU・SoCで合計2枚しかなく、いずれかが統合されている可能性があります(もちろんイメージイラストなので実際の製品と異なる可能性もありますが)。
個人的憶測:断片的な情報からの確度の低い憶測ですが、SoCタイルが《4xEコア+NPU+IO》、もう一つのタイルが《4xPコア+GPU》といった組み合わせが考えられます。この組み合わせならばSoCタイル単体でAtomのように完結したCPUになり、Lunar Lakeはいわば”Atom+CPUアクセラレータ”になります。先日取り上げた後継問題への回答にもなりますし、最近は組み込み用途でAtom+AIコアの需要が出ていて(例)、戦略的にありえるのではと思います。このような機能分割の仕方はLakefieldの初期案(参考)という前例もあるのでない話でもないでしょう。
ベースタイルの利用:Meteor Lakeではタイルどうしを接続するベースタイルにはアクティブな機能がなく半ば配線専用ですが、Foverosの技術上ベースタイルには機能を持たせることもでき、実際LakefieldはベースタイルがSoCタイルのような機能を担っていました。Lunar Lakeは小型デバイス向けのため周辺機能を取り込んでSoC化する需要があり、例えば携帯電話回線モデムをベースタイルに追加するということはありえるのではないかと思っています。