近年の小型PCではメモリが交換不可能な製品が多くなっています。執筆現在でウインタブ実機レビューのあるWindows最新12機種(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12)を遡って調べたところ、8機種が交換不能のLPDDR、4機種がSO-DIMMスロットのあるDDRでした。最近発売されたLunar lakeでは、メモリがCPUパッケージに統合され柔軟性はさらに低くなっています。
当然ながら、メモリが交換可能なことには多くの利点があります。ユーザーからすれば購入後のメモリ増設や故障時の修理のためにメモリは交換可能な方がいいに決まっています。メーカーとしても、顧客からの受注後にその注文に合わせた容量のメモリを後付けできるほうが在庫管理の上で好ましいという話はLunar lakeに関する決算発表の質疑応答からもうかがえます。
そのような利点がありながらも交換不可能なメモリが採用されるのは、まず第一に大きさや重さがあるでしょう。メモリを交換可能にするためのスロットは、薄型PCやUMPCでは分厚すぎますし、現行メモリの288ピン×2チャネルの配線をマザーボード上で取り廻すとこれまた面積を食う、ないし層を増やさざるを得ずコスト増を招きます。また、配線長が長くなるのは電力面でもデメリットになります。
結果、ほとんど交換しないメモリを交換可能にするより、軽量薄型になることが好まれ、据え置き前提のゲーミングノートでない限り交換不可能なLPDDRが多く採用される結果になっています。
CAMM2――薄型で交換可能な新ソケット
薄型にできるLPDDRの利点を生かしたまま交換可能にする方法として、CAMM2という規格が立ち上がっています。この規格は、LPDDRのはんだ直結(BGAソケット)を、全てピンと接点に置き換えLGAソケットにしてしまえばいい、というものです。
この規格は元々Dellが自社専用の初代CAMMとして開発し2022年から出荷していたものですが(おそらく在庫管理の効率化が目的)、好評であり業界コンソーシアム(JEDEC)で素早く標準規格化が始められ、翌2023年にはどの会社でも使えるCAMM2として規格化され、普及が期待される段階になっています。
LGA化による交換難易度の上昇
CAMM2は平面上に多数のピンが並んだ構造になっており、一定レベルまで基盤が反っていても接触できるよう、ピンを斜めに伸びた板ばね状の構造にしています(総じておろし金のような見た目になっています)。LGAの例に漏れずピン曲がりによって使えなくなる危険性があり、Lenovoのサイトでも故障例として紹介されています。
CAMM2は小型化のために大掛かりな金具を避け、ねじで固定するようになっているため、道具無しで抜き差しできるSO-DIMMより付け替えは難しくなっています。またピンを完全につぶしてはいけないので一定の所で止める必要があり、現状は特殊工具であるトルクドライバーが必要なようです。
特徴と旧来の規格との互換性・相違点
CAMM2は、①LPDDR5チップを搭載し、オンボードはんだ付けを交換可能にするためのもの②DDR5チップを搭載し、スロット型SO-DIMMを小型化するためのもの、の2種類が存在します。両者は従前ほど隔絶した差がなくなり似たような取り回しが可能になりますが、前者のほうが小型になり、後者の方が大容量にできるような設計になっています。
【LPDDRとの比較】メリットとして、交換が可能になり、購入後のアップグレードや修理ができるほか、BTOのオプションが増えます。DDR CAMM2にすればチップも安くなるでしょう。デメリットとして、小型化・薄型化・省電力化では若干不利になります。
【SO-DIMMとの比較】メリットとして、小型化や薄型化がしやすくなり、配線長が短くなることにより省電力化や高速化が期待できます。デメリットとして、付け外しに工具が必要になり、ピン折れでソケットが使えなくなるリスクが出てきます。
CAMM2の特徴として、メモリモジュール全てを板1枚に全て納めることが指向されています。現行のDDR規格ではソケット2つに同型のメモリを刺しデュアルチャネル動作とすることが一般的ですが、CAMM2では1つのソケットにDDRの2スロット分の端子が入り、1枚でデュアルチャネル動作にすることが原則になっています。デスクトップ用マザーボードではメモリが4スロットあって2スロットが空いたまま使うことも多いですが、DDR5 CAMM2では空き端子による面積食い潰しや信号品質低下を避けるため、4スロット分を1ソケットに収め最大256GBを1枚に搭載できる規格(BXXX)も作られています(一応2スロットに分割できる規格DXXXも用意されているようです)。
ユーザー側の利便性からすると買い足し可能な空きスロットがあるほうがよさそうですが、メーカーが在庫管理の都合で受注後にメモリをつけたいだけなら、空きスロットなしの1枚使いでも問題はないのでしょう。
薄型ノートではやはり自前交換は難しいか?
LGA化によるピン曲がりリスクやドライバーの必要性や、買い足しが考慮されていないスロット形態を含め、CAMM2は原則としてノートPC向けで、メーカー出荷時か修理時くらいしかメモリを交換しない、せいぜい延命のために1回交換する程度、というあたりを想定しているのではないかと思います。
昨今はノートPCの薄型化と強度維持を両立するため筐体を一枚板にしてメンテナンス開口部を設けないことが主流になっており、CAMM2でメモリソケット自体が交換に対応していたとしても、ユーザーは結局そこを触ることができず、単に延命のためのアップグレードがしたいだけでもプロのサポートが必要、ということは十分考えられます。
デスクトップでのメリット
DDR5 CAMM2はデスクトップ(自作PC)用でも採用するという機運があり、発売はされていないものの試作品が展示されています。
デスクトップでのCAMM2のメリットはいろいろ考えられますが、単純なところでは、CPU周りの立体構造を平面化し、CPUファン/クーラーとの干渉を防いだり、空冷クーラーに風が流れやすくするといったことがまず考えられます。
また機能面でも、回路長の短縮や空きスロットの解消で電気特性が改善され、バス速度向上や省電力化が期待できます。近年はM3 maxやRyzen AI MAXのようにクアッドチャネルのメモリを備えてiGPU性能を大幅に向上させた製品がありますが、CAMM2でマザーボードの配線が取り回しやすくなってクアッドチャネル化の道が開ければ、大規模iGPUを載せた自作用CPUも出てくる目があるのではないかと思います。ただ、クアッドチャネル化はCPU側のDDR PHYを出す辺の長さやソケットの大幅なピン数の増加が必要で、それが商業的に成功するかはメモリ負荷の大きいAIの普及次第なのではないかと予想します。
普及の状況
期待の新規格のCAMM2ですが、現在のところは普及の最初期段階というところです。現在発売済みの実機はLenovoがLPCAMM2搭載のThinkpad P1 Gen7を2024夏に発売した程度に留まります。IntelのテストキットカタログではArrow lake-HとPanther lake-Hで「CAMM2 Beta」があり、今後の普及が期待されます。
デスクトップでは未販売で、試作品に留まる状況です。もっとも、CAMM2のメモリモジュールを自作派のエンドユーザーが入手することはまず不可能で、今出たとしても使えないので意味はないでしょう。ここまで説明した通りCAMM2はどちらかというとメーカーが出荷時に一度だけ触ることを前提としたような作りであるため、まずはノートPCで普及し、メモリモジュールが潤沢に出回ってから自作市場でも移行の機運が出てくるにとどまるのではないかと思います。
コメント
Crucialの64GB LPCAMM2 LPDDR5X-7500 $329.99を試しにカゴに入れると一応発送してくれそうではありますね
個人的にはメモリベンダ自ら開発中のLPCAMM2ゲーミングUMPCのADATA XPG Niaに注目
…自作というかベアボーン界隈だとStrix Halo待ちなお兄さん多そうですよね