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ジム・ケラーはIntelでコアを設計していないが、重要なものを残した

オピニオン

ジム・ケラーはIntelでコアを設計していないが、重要なものを残した
ジム・ケラー氏は、半導体業界で広く知られるマイクロプロセッサ設計者です。AMDがIntel互換CPUメーカーとして台頭する武器となったAthlonの開発や、Appleシリコンがその性能を飛躍的に高めるきっかけとなったApple A4/A5、さらに現在のAMDの隆盛を築いたZenアーキテクチャなど、複数の主要製品の開発に関わった経歴を持ち、「伝説的なエンジニア」と評価される人物です。その彼は2018年から2020年にかけて、インテルのシリコンエンジニアリング担当上級副社長として在籍しました。ただ、この間に具体的に何を成し遂げたのかについては、今なお「Royal Core」や「Beast lake」といった、実体のない「すごいコア」の と共に語られることが少なくありません。

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伝説の設計者はIntelで図面を引いていない

ケラー氏へのインタビューを読む限り、そういった噂は事実ではなく、Intelで特定のCPUコアを直接設計したことはありませんでした。Intelにおける彼の主な仕事は、業務改革や組織改編を含めたエンジニアリングチームへのディレクションでした。彼は自ら回路図を引く設計者としてではなく、開発の方向性を示す教師のような役割を担っていたようです。

加えて、特に彼が注力していたのは、コア単体の性能向上よりも、複数のチップを統合するチップレット化の方法論でした。Intel退社時のコメントや、 表題写真 にあるIntel在籍時に出席した 当時のイベントでの発言 からも、彼がFoverosなどの立体積層技術やチップレット間の通信技術に強い関心を寄せていたことが分かります。

IC: When the announcement was made, that you were to take a position at Intel as SVP of the Silicon Engineering Group, focusing on SoC Development and Integration, it sounded like a very vague title.
インタビュアー:インテルがSoCの開発および統合に注力し、シリコンエンジニアリンググループの上級副社長に就任すると発表したとき、非常に漠然とした肩書のように聞こえました。
An AnandTech Exclusive: The Jim Keller Interview by Dr. Ian Cutress on July 16, 2018

A couple of years before I joined, they started what’s called the SoC IP view of building chips, versus Intel’s historic monolithic view. That to be honest wasn’t going well, because they took the monolithic chips, they took the great client and server parts, and simply broke it into pieces. You can’t just break it into pieces – you have to actually rebuild those pieces and some of the methodology goes with it.
私が加わる数年前、彼らはチップ製造において、インテルの伝統的なモノリシックな考え方ではなく、いわゆる「SoC IP」という視点でのアプローチを始めていました。正直に言って、それはうまくいっていませんでした。というのも、彼らは単に既存のモノリシックなチップ、つまり優れたクライアント向けやサーバー向けのパーツを、ただバラバラに切り分けただけだったからです。単に切り分ければ済むという話ではありません。実際にはそれらのパーツを再構築しなければなりませんし、それに伴う設計手法の変更も不可欠なのです。

Know that the key thing about getting somewhere is to know where you are going, and then put an organization in place that knows how to do that – that takes a lot of work. So I didn’t write much code, but I did send a lot of text messages.
どこかにたどり着く上で重要なのは、自分がどこに向かっているのかを理解し、そのやり方を知っている組織を整備すること、つまり多くの作業が必要になることです。だから私はあまりコード(訳注:論理設計)を書かなかったが、たくさんのテキストメッセージを送ってきました。
An AnandTech Interview with Jim Keller: ‘The Laziest Person at Tesla’ by Dr. Ian Cutress on June 17, 2021

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チップレット化の問題解決を求めたIntel

AMDは、Zenアーキテクチャにおいて、Infinity Fabricというチップ間通信プロトコルを整備することでチップレット化を成功させ、それを生かした生産性の高さと多コア化でIntelを猛追します。そしてZenアーキテクチャの強みの核心であるInfinity Fabricを設計した、チップ間通信の専門家こそ、ジム・ケラー氏その人なのです。

This is where a talented engineer named Jim Keller comes in. He’s a mythical sort of figure within AMD. Nearly every person I spoke to cited Keller as one of the primary people behind the success of Zen’s design, and importantly behind the design of Infinity Fabric.
ここで、才能あるエンジニアであるジム・ケラーが登場する。彼はAMD内部では神話的な人物だ。私が話した人のほぼ全員が、ケラーをZenの設計の成功、そしてInfinity Fabricのデザインの成功を支える主要な人物の一人として挙げた。
Inside AMD’s Quest to Build Chips That Can Beat Intel By Alex Cranz. Gizmodo. April 26, 2018

一方、チップレット化自体はプロセスノード開発の難易度の上昇とともに将来的に必然であると考えられており、Intelも、ケラー氏が入社する前の2017年頃からチップレット化の研究を始めていました。例えば、2017年に公開されたコンセプト資料には、複数のタイルを用いる設計案(後のMeteor LakeやSapphire Rapidsに相当する技術コンセプト)が登場しています。これはケラー氏が入社する以前のプロジェクトです。これはZenの登場とほぼ同時期だったのですが、ケラー氏がいたかいないかで明暗が分かれた格好です。

Intelがケラー氏を招き入れた背景には、このAMDでの成功体験、つまりバラバラのチップレットを、いかに一つのプロセッサとして効率よく機能させるかというノウハウを欲したという側面が強いでしょう。実際、ケラー氏退社後の2024年以降に登場した製品群には、彼の過去の設計思想と共通する特徴が見て取れます。

1. Apple M1に酷似したLunar Lake

Intel製CPUでは、Raptor LakeまではiGPUがCPUのリングバスにぶら下がり、PコアやEコアクラスタに交じって一つのコアとして振舞っていました。これは低負荷時でも高クロックのリングバスを走らせることに繋がり、L3キャッシュの競合も起こすため、 省電力性やiGPUの性能向上の面で問題視されていました

最新のCore Ultraのバストポロジーを見ると、電力効率を最優先したAppleのM1チップに近い構造をしています(大局的に見た場合、違いはPコアのキャッシュがL2どまりかL3まで持つか程度です)。ハイパワーCPU、省電力用CPUのLP-Eコア、GPU、NPUが一つのバスにぶら下がり、普段は低電力で動作させ、必要な時にだけハイパワーなパーツを動かすというこの折衷案的な設計は、Lunar Lake以降のiGPU性能の向上やバッテリー持ちの劇的な改善に一役買っています。

Lunar LakeとM1

2. Zenに近づいたキャッシュ構造

Intelのチップレット第一世代(Meteor Lake)では、キャッシュミス時のキャッシュ間同期処理が無駄に多く、しかもその通信がタイルを跨ぐため 遅延が生じやすいという課題 がありました。特にCPUのコア間やCPUとGPU、NPU間でキャッシュの食い合いが生じたときの影響は顕著で、キャッシュの効果が高いゲームで影響が大きく、Meteor LakeやArrow LakeがCPUベンチマークのわりにゲーム性能が振るわないのはこれが原因と言われています。

最新のLunar Lake等では、L1-L2-L3-システムキャッシュの階層を置いたうえで、キャッシュミス時の同期処理をなるべく階層内で完結させ、階層をまたいだ通信を発生させないように階層ごとに管理システム(Coherency agent)を置く Hierarchical coherency という仕組みを導入しました。これはAMDの ZenアーキテクチャがL2とL3の間でスヌープタグを使ってキャッシュコヒーレンシーを管理している仕組み に近く、チップレット間の無駄な通信を減らす有力な解決案となりました。

実際これは効果があるようで、旧型キャッシュのArrow Lakeと新型キャッシュのLunar Lakeを比べると、両者は同じ8 Xeコアを持ち、 Arrow Lake のほうがクロックが高いにもかかわらず、 Lunar Lake のほうがゲーム性能は高いという結果が出ています。

階層コヒーレンシー

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3. Xeonに見る機能分離の成功

サーバー向けの「Xeon 6」においても、変化は顕著です。チップレット化の初期モデルであるSapphire Rapidsは開発が大幅に遅れ、Intelを苦境に陥れました。しかし、初代Xeon 6(Granite RapidsとSierra Forest)では競合であるAMDのEPYCのような機能分離型チップレットの製造にようやく成功しています。

さらに最新のXeon 6+、Clearwater ForestではV-CacheのようにキャッシュとCPUダイの分離・垂直接合にも成功しています。それも単なる模倣ではなく、 複数のCPUダイをまとめるベースタイルにその機能を持たせる 形で、AMDよりも進歩した形で使っています。

Clearwater forestのベースタイル

単に複数のダイに分けるのではなく、内部構造を精査し、チップレットに適した設計へと組み替えることに成功しており、これはまさにケラー氏が提言していた「チップレット化は単に分ければいいのではない」という思想の体現そのものです。

まとめ

ジム・ケラー氏がIntelにいた期間はわずか2年でしたが、その影響は数年後の現在の製品に色濃く反映されています。まず、彼が魔法のように一晩で最強のコアを作ったわけではなく、既存のコア開発は漸進的に続いています。むしろ最大の功績はチップレット時代に最適化されたバストポロジーやキャッシュ管理を導入する道筋を立て、Scalable Fabric Gen2を残したことであるといえるでしょう。

彼が去った後の2024〜2026年の製品群、特にキャッシュ構造を変えたLunar LakeやPanther Lakeで、ようやく競合と互角以上に渡り合えるようになったという事実は、彼が残したディレクションが正しかったことを証明しているのかもしれません。在籍期間があまりに短く「喧嘩別れか」などともささやかれましたが、もともとAMDなどでもあまり長期間は在籍しておらず、Intelでもチップレット開発の方法論を残し、次なる場所へ去っていった――それが、この2年間の真実だったのではないでしょうか。

この記事は 筆者作成動画 の再編集版です。

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